立ち読み

学芸大学駅を降りて目黒まで歩いた。
そこそこ人通りの溢れる商店街を歩くと、古本屋が気になったので入ってみる。
お婆さんが店番をしている。もう1人の客のお婆さんが、「何を探しに来たのか、忘れちゃったねぇ。」と言うと、店のお婆さんがアメをすすめて会話が始まった。
「…連れ合いが亡くなってもう一年になるかしらねぇ。」
「あなたもそうなんですか?私もだいぶ前に亡くしましてねぇ。」
「今でも、ふとした時にそこにいるような気になっちゃうんですけど、3年たたないとダメって言いますよねぇ。」
「そうですねぇ、あの人は歌謡曲の番組を見るのが好きだったけど良くそのまま眠ちゃって、でもテレビ消すのもかわいそうだからそのままにしておくんだけど、そう言ったことも思い出しますねぇ。…」
会話は続く、話が勝手に耳に入ってくるので本を見ているフリをしていると、少しおかしな方向に向かった。
「…ある時一回だけ来たことがあったんですよ。ドアをコンコンと叩くから、こっちに来なさいよと言ったんですけど、来なかったですね。」
それを聞いた客のお婆さんが黙ってしまい、店のお婆さんも自分がおかしな事を言ったと気づいたのか、しばらくの沈黙のあと別の会話を振った。

結局買うものはないので本も開かずに店を出たが、なんか小説を立ち読みした気分だった。