探してた本

開口健のエピソードで、特に印象に残っている話がある。
八王子の山奥の部落に住んでいる老人が、豚を一匹密殺してそれを掘った穴に入れて焼いて食おうと言うエピソードである。

なぜこの話が印象に残っているかは分からないが、どの本に載っていたのかは分からなかった。
なので、本屋の開口健文庫コーナーでは、いつもパラパラしながら探していたが見つからなかった。

所が、先日ふらりと入った古本屋の芸術コーナーを見ていると、なぜかそれらの本の上に開口健の文庫が数冊置いてあった。
タイトルは白いページ、全三巻である。
ふとこの本ではなかったかな?と思い、ペラペラめくると、あった。
三巻目の、消えるの項目だ。
老人の名は、きだみのると言う。

読んでいる内に、この本を手に入れたのはトリノに住んでいる頃であったことも思い出した。
トリノには、日本人とイタリア人の夫婦がやっている本屋があり、その店の奥には、トリノの日本人在住者が売ったり買ったりする日本語の本があるのだった。
そこで手に入れたものだったのだろう。
そして読んだあとはまた元の場所に売ったのである。

10年以上ぶりに読んだ内容は、結局豚一匹は手に入らず、それでも巨大なアバラ肉をモリモリ食べると書いてある。
他にも深川でドジョウ鍋を食べる描写や、豚の赤ん坊の刺身など(ここで詳しくは書かないが)、読み出したらやめられない本だった。

さながら読むことで、色々不思議な旅ができる本であった。

ハロウィン

友人のブログを見て土着のハロウィンから思いついた話です。

「東北の出羽三山の村々では、雪が降る前の時期になると、山伏が山より降りてきて、どぶろく徳利片手に「徳利をば取ろうぞ!」と叫び家々の前に立つ。
村人たちはその徳利に酒を注ぎ、その後山伏の祈祷を受ける。
村人はこの風習を「春憂い」と呼び、その年の冬安全に過ごせるよう祈るのである。
この風習の起源は、浜で助けた天狗から伝えられた物だとされるが、この時だけ山伏の頭襟が小さな南瓜に変わる理由は誰も知らない。」

モータープール

車で走っているとモータープールと言う文字が目に入った。
小さい頃に読んだ漫画のこち亀でモータープールと言う言葉が出てきたのを思い出した。
あの頃はモーターと言うタミヤ的な響きとプールと言う楽しそうな単語との組み合わせに勝手な妄想を膨らませ、きっと遊園地のような面白い所なんだろうなと興奮した。


しかし大人になってみればモータープールとはただ単に駐車場を指す言葉だと理解し、子供のようなときめきは感じない。
モータープール、いつか億万長者になったらそういう名前のレジャーランドを作って、少年の頃の私の誤解を無きものにしてやろう。

久々にいい映画でした。
しかしネット時代の悪いところは、見終わったあとにウィキペディアで調べてしまうことですね。
大体史実通りですが、いくつかは時系列が変えられてたようです。
シナリオを面白くするためなのでしょうが。

絵本のカセットテープ

この前実家に帰ったときに、絵本のカセットテープの話になった。
そのカセットテープは両親が実際に読んで吹き込んだ物だったのだが、自分も小さい頃に聞いた覚えがある。
子供に絵本に興味を持って貰うために二人で作ったのかなと思っていたのだけど、母親の話によるとあのテープは兄のために作られたものらしい。

兄が3歳頃に自分がお腹の中にいたのだが、流産しそうだったので母親はかなり長い間入院していた。その間兄の面倒は父が見ていたのだが、忙しいので兄の面倒を見る時間がなかなか取れない。
しかし絵本を読まないと兄は寝付けないので、考えたのが絵本の朗読のテープだった。
不思議なことにカセットテープに吹き込まれた朗読で、兄は寝付いたらしい。

今でも父の「尖塔とは、」から始まるカセットテープの音は耳に残っている。
あのテープまだ残っていると良いのだが、どこにいったのだろうか。

立ち読み

学芸大学駅を降りて目黒まで歩いた。
そこそこ人通りの溢れる商店街を歩くと、古本屋が気になったので入ってみる。
お婆さんが店番をしている。もう1人の客のお婆さんが、「何を探しに来たのか、忘れちゃったねぇ。」と言うと、店のお婆さんがアメをすすめて会話が始まった。
「…連れ合いが亡くなってもう一年になるかしらねぇ。」
「あなたもそうなんですか?私もだいぶ前に亡くしましてねぇ。」
「今でも、ふとした時にそこにいるような気になっちゃうんですけど、3年たたないとダメって言いますよねぇ。」
「そうですねぇ、あの人は歌謡曲の番組を見るのが好きだったけど良くそのまま眠ちゃって、でもテレビ消すのもかわいそうだからそのままにしておくんだけど、そう言ったことも思い出しますねぇ。…」
会話は続く、話が勝手に耳に入ってくるので本を見ているフリをしていると、少しおかしな方向に向かった。
「…ある時一回だけ来たことがあったんですよ。ドアをコンコンと叩くから、こっちに来なさいよと言ったんですけど、来なかったですね。」
それを聞いた客のお婆さんが黙ってしまい、店のお婆さんも自分がおかしな事を言ったと気づいたのか、しばらくの沈黙のあと別の会話を振った。

結局買うものはないので本も開かずに店を出たが、なんか小説を立ち読みした気分だった。

8月11日
朝起きると腹の調子が良くない。くだしている。
どうも疲労気味で胃が疲れているところに暴飲暴食が効いたようだ。
ミケーレたちも昨晩はジュリオが夜中に何回もぐずったらしく、あまり寝ていないようで疲れている。
結局朝飯を食べたあと、昼まで寝ることにした。
お昼に何を食べるという話になり、お粥が良いからリゾットにしてくれと言ったら、ミケーレのお母さんはイタリアでは炊いた白米を食べるというので、そうなってしまった。ミケーレは以前にうちの実家に来た時にやはり腹を壊してお粥を食べたことがあるので、日本人はそうなんだよ、と言ってもイタリア流の病人食がお昼に採用された。
炊き上がったご飯には若干塩味が効いていてオリーブオイルをかけて食べる。付け合せには、チーズやカルチョーフォ(アーティチョーク)の漬物、そしてジャーダさんが好きだというポルペッタが出た。ナスとチーズと小麦粉を練って揚げたものらしい。食べると涙が出るほどうまいが腹の調子が良くないので、一個だけにしておく。

午後は若干調子が良くなったので、トゥルッリの町並みのアルベルベッロにミケーレ親子と行く。
アルベルベッロは本当に観光地といった感じで、観光客と土産物屋で溢れていた。




いくつかの家の屋根には白い線でシンボルマークが書かれていた。
いくつか種類があり、意味があるらしいとジャーダさんが言っていたが、よく覚えてないと言う。
しかし、中には現代チックに書かれた正しくないものあるらしいので、気になる人はお土産屋さんでパンフを買うと良いようだ。

石を積んで作られるトゥルッリは、昔セメントに税金がかけられたためにそれを逃れるために編み出された建築だと、ミケーレの親父さんは言っていた。ミケーレの両親のトゥルッリは屋根の周りに雨樋が作られいて、雨が降るとそれをつたって貯水井戸に流れ落ちる仕組みだった。インターネットでトゥルッリを調べるとやはり大体雨水を溜める構造ではあるらしい。ミケーレの両親のトゥルッリのとなりに建てられた新しい家も地下に雨水を溜める構造になっているらしく、水道が通ってないので生活用水は全てそれで賄う。もし水がなくなってしまったら、水業者を呼んでタンクローリーで給水しにきてくれるらしい。


アルベルベッロを見たあとは、バールで一休みした。
カフェラテをくれと言うと店員が?といった感じになって、「カッフェマキャート?」と聞き返した。そういえばイタリアのバールではカフェラテは無いのだったっけ、と思い出しそうそうマキャートと言い直す。ジャーダさんが頼んだのは、お馴染みイタリアビール モレッティのレモン味だった。良くコロナにレモンを入れて飲むが、最近はこれが流行っているらしい。
三人で話をしているうちに日本の話になり、今自分が住んでいる富山の話になった。どんな場所かということで、合掌造り集落の写真をネットで検索して見せると、アニメ映画のおおかみこどものあめとゆきの舞台に似ていると言うので、それなら今住んでいるところの近くだよという話で大変盛り上がり、是非とも行きたいということになった。ジャーダさんはジブリ好きだが、最近は細田守監督も好きらしい。


家に戻ると親父さんが庭のグリルで肉を焼いていた。腹の調子が若干不安だったが、食欲には勝てず食べる。うまいが、その後やはり若干腹が痛くなったので、早々に寝た。