神隠し (新潮文庫)

神隠し (新潮文庫)

試験が終わって早速、トリノの日本の本も扱っている本屋マンゲツでゲットしました。藤沢周平の江戸時代短編集です。この人は相変わらずハッピーエンドの話が少ないなと思って読んでいますが、実際の世間もこんな感じなのかと思うと妙に現実感があります。

しかし表題作でもある「神隠し」の主人公、岡っ引きの巳之助は女房もいるのに他に女も買って、その上何日も家に帰ってこない上、ヒモという頽廃的な男なのに、いざ仕事になると恐ろしく勘の働く調べをするのが、なんとも江戸時代ハードボイルド探偵小説といった感じでした。それで気になったのが、主人公の不幸な生い立ちや、それによって事件に潜む影を嗅ぎつけるといったキャラクター設定が、一遍だけの短編にしてはあまりにも良くできすぎていて、この短編だけでなくシリーズ化できるほどの話だなと思ったのですが、文庫末の藤沢周平の本の紹介を見たら、「彫師伊之助捕物覚えシリーズ」というのがあるようで、元岡っ引きの主人公が活躍する話だそうです。もしかしたら、このシリーズが今回読んだ「神隠し」に良く似ているかもしれません。日本に帰ったら、探してみます。

あとこの話、出だしで主人公の巳之助がいきなり出てくるのではなく、事件を知らせに来た老人、出歩いている巳之助を探し出す飴売りの弥十、そしてやっと出てくる巳之助という風に、次々に登場人物の視点がバトンタッチされていくのが、面白かったです。まるで映画のカメラワークのようで、最初のほうは誰が主人公なのか分からないような、書き方をしていると思いました。


短編集です。柴田錬三郎は「剣鬼」しか読んだことが無いのですけど、この本も凄まじかったです。この人はこういうのばかりなのかな?とにかく出てくる登場人物がみんな常軌を逸脱、もしくは逸脱していく様を描いていて、非情で不幸な話が多いです。本当に救いが無い。司馬遼太郎が小説で孤独な英雄を良く書くように、この人は時代にあぶれたアウトロー達を書くような気がします。それでも、目を背けたくなるような話なのにやめることも出来ず読者にぐいぐい読ませていくのは、やはり作者の力量といった感じで、そして最後にはアッといわせるオチがついてきます。

しかしこの作者、文章に全然聞いたことも無い言葉を使うなと思ったら、巻末の解説に「〜現代ではまったくの死語と化してしまっている漢字を思い切って使ってみると、かえって格調らしいものを示す効果があった。これが文章のささえになった。」と書いてありまして、道理で広辞苑で調べても出てこない言葉ばかりな訳だと、納得いきました。

唯一良い話だったのが、不器用だけど忠義な家来とその心意気を汲み取ってくれる殿様の話「かたくり献上」でした。この話は「花の慶次」好きにはたまらないです。